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2012年07月05日

on 南国土佐気質。

高知の高知県民による高知県外民のための情報。

これは、あくまでもタクシーのオッちゃんから聞いた話です。正しいかどうかはわかりません(例によって無責任に言い放ちますが)。

※ちなみに、ふだん私が「オッちゃん」と呼ぶ場合は、その人に愛情と尊敬と親しみを感じている場合であって、その点、オッサンとかオヤジ(←これも場合によるが)と言う場合との大いなる違いを理解しておいていただくようお願いいたします。

で、
「高知は気のいいバカばっかですき」
と、オッちゃんは言った。

それは、オッちゃんが、札幌も「よさこい」やってるでしょうという話題を振って来た時のこと。
「いや〜よさこいも、すっかり札幌に追い越されちゅうき、ねぇ?」
と、言われましても、私の、それについてはどうでもいいので大して真剣に検討してみたこともないあいまいな情報、いや、個人的印象としては、「札幌のは、最近は規模も縮小されて、前ほどの活気はないんじゃないですかねぇ〜」と思っていたのでそう答えたら、えらい驚いておられました。逆に、それはちょっとさびしい、みたいに。
でも、なんたって、不景気ですき、いや、不景気ですから。。。

すると、オッちゃん、「高知だったら、逆やね。景気の悪い時ほど、それを吹き飛ばそうとして盛り上がるのが高知やき」と、南国土佐気質を説明。そして、最後に、「結局、高知は気のいいバカばっか」と言ったわけだ。

なんでも「学力テストやったって、毎回沖縄と最下位争っちゅうのが高知」だそうで、「全国一位は、秋田でしょう?いっつもあっちに視察とか行ってるらしいけど、まぁ〜ったく効果ないがです」とのことだ。
まあ、自分の子供見てればわかるき。ムリムリ。親がこれやき。と、オッちゃん。
おそるべし、南国土佐気質。。。
子供はいつも笑っていて、幸せに元気に遊んでいればいいってことであれば、私もいいと思います。オッちゃんも、ホント幸せそうだし。

で、話戻って、わたくし、かつて友だちがよさこいで踊っていた時、見に行ったこともあるのだけど、その友だち曰く(彼女は、毎年優勝or優勝候補のグループにいた)、「本場高知の人に言わせると、札幌のよさこいのレベルは確かに高知を上回りつつある(当時)けど、トラック(←これを何とかと呼ぶのだけど、忘れた)の飾り(?)だけはまだまだ向上の余地あり」なのだそうだった。
そのことをオッちゃんに言うと、「あぁ、○○(←そのトラックのこと)かぃ?ふぅ〜ん、そうかぃ」とまんざらでもなさそうな。
オッちゃんが一番驚いたのは、音楽なんだって。「あれ聞いた時には、ぶっ倒れそうになったがです」とのことだ。
わたくし、よさこいはアレなので、まったく詳しくないのだけど、聞きかじったところによると、振り付け、衣装、音楽、トラック(おそらく、そのグループの音頭を取る人が乗っていて、音楽もここから流してるのかな??)の飾り付けと、総合的なパフォーマンスのできばえで評価されるんだったような気がするのだけど、北海道の場合は、この「音楽」にモチーフとして必ず「ソーラン節」を入れるというふうになっているんじゃなかったっけ?たぶん、それが高知の人をぶったまげさせたのでしょう。

ちなみに、気のいいバカの「バカな」祭りがいろいろあって、日本酒一升一気飲みする祭りってのがあるらしい。「すごい、酒豪が多いんですね〜!アルコール中毒にならないんですか?」と驚くと、たまにいるらしい?っていうか、優勝するくらいの人でも終わったらすぐに裏で吐き出してるとのこと。
「そこまでして。。。」と絶句してると、「ホント、バカばっかですわ。ガハハ」とのことだった。。。

おそるべし、高知。。。



posted by miha at 19:26| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2012.05 愛媛・高知旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月21日

on 段々!

高知の中心でTPP反対を叫ぶ!

わたくし、TPPに関しては、当初の猛反対から、大反対、反対…とトーンダウンはしてるものの、今でもまあ、どっちかというと、若干、反対の方に振れている。
反対派、賛成派のいろんな意見を聞いて、私の中では、参加した場合の一部の人にとっての夢物語というような数少ないメリットと、参加しなかった場合のデメリットの大きさ(あとから参加したら分が悪い、みたいな)のどっちを優先するかという、大ざっぱではあるけど実に選びづらい究極の選択みたいなことになっていて、決めろと言われても(誰からも言われてないが)決められない。

そもそも、ウソくさいことが二つある。
一つは、「交渉して、日本に有利なように取り決めていけばいい」って話。
今まで、こういうふうに期待されたことで、果たしてそのように交渉力が発揮されて有利になったことなんて、あっただろうか?
っていうか、日本ほど、交渉力(交渉における戦略的なことを含めて)のない国って、ほかにある??(なにより、お人好しなのがイカン)

もう一つは、「こういうことをチャンスとして生かせない方が悪い。現状にしがみつく人は、ほかの(賛成の)人の足を引っ張ってる」みたいな言い分。
私は、特に医療関係と農業関係に関して危惧しているのだけど、こと農業に限れば、それに従事してくれている人たちの多くは、語弊はあるけど、こういうチャンスを生かせないとか非難されちゃうようなタイプの人たちであり、でも、この方たちが今までこうやってやって来てくれて、かろうじて今の食料自給率なわけで(ここまですべて想像だが)、じゃあ、TPPに参加したら、その人たちはどうなる?もし、それによってその人たちの多くが退場(?)することになったとして、日本の農業はどうなる?っていうのが、全然明るく見えてこない。(もちろん私は、食料自給率を上げたい派)。

最初反対していた人たちが、次々と賛成派に取り込まれていく中、若干、反対の方に振れつつもフラフラしていた私の針は、ちょっと前、国内でも1、2を争うくらい広大な農地を持つ人々でさえ「TPPが来たらムリ、太刀打ちできない」って言ってるって話を聞いて、ピタリとフラフラが止まった。もちろん、反対寄りの位置で。

そして、高知で。。。
わたくし、本当に今日のタイトルのように大声で叫びましたわ、心の中で。

高知では、ワケあって、梼原という山奥に行ったのだけど、そこはビーーーーーーックリするくらい段々畑な場所で(正しくは、棚田?)、遠目に一見した限りでは、涙が出ちゃうような過酷な(?)世界、いや、見た目はこの世のものと思われないくらい美しく、それがまた涙を誘うのだけど、とにかく、アソコであのように農業をしてる人たちとTPPは、まったく相いれないように感じたのであります。ほんと、これは、単なる私の直感的なイメージ。でもとにかく、あの人たちが苦労して、この段々に込めて来たものを守らなければいけない!!と、私は自らに使命を帯びて、上記のように叫んだのだわ。

いや〜、それくらいインパクトありました、梼原の段々畑。(←これが一番言いたかった)

今まで、私のイメージの中にあった段々畑は、下からも見渡せるような山の斜面に開放的に広がってるっていうようなものだったのだけど、梼原(正しくは、そこに行く途中だったのだろうか?)のは、それとはまったく違うものだった。
周りが全然開放的じゃなく、山々を分け入ったところに点在する谷間にあるという感じで、国道とは思われない細いくねくね道をバスで上りながら断続的に目の前に現れる、いや、眼下にボッカリと掘れて見えると言った方がいいのだけど、そのたび、いちいちが秘境を垣間見たような気分にさせられる。
緑深い断崖絶壁に(人の手じゃなく)神様の手によって作られたかのように、あるのです。
いったい、どうしてここにこのように畑を作ろうって考えついたのか??そこがまず、あり得ないと思ってしまうような。っていうか、いったいどうやって作ったん?

そこで思い出すのが、タクシーのオッちゃんが言ってた、県土の8割がたが山(or森林)ってこと。
あの段々畑は、高知の人たちの「生きる」という意思そのものなのかも。平地が少ないから山を切り開いてでも、そこで農業をやらなければ生きていけない、みたいな?
そんなシリアスドラマみたいなことを想像しちゃうくらい、激しく美しく、すごい光景でした。

※バスが動いてるので、写真が撮れなくて本当に残念。というより、撮りたいと思いつつ、あっけにとられ過ぎてカメラまで手が到達しなかったという感じ。
※バスの中からの目線で、通ったところだけを私の視力のよくない目で見た限り、そこは、一歩踏み外すと断崖絶壁の底まで落ちて命を失う、くらいな勢いの、すごい風景に見えたのだけど、実際の地形がどのようなものなのかはわかりません。あくまで、見た範囲で見えたように感じたことなので、あしからず。
※せめて、どこかのサイトでよい写真があったらリンクしようと思ったのだけど、私が見たのは幻だったと言わんばかりに、わりと開放的な棚田の写真しか見つからない。。。(;_;)

posted by miha at 11:00| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2012.05 愛媛・高知旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月20日

on 杉過ぎる。

植物チェックと花粉症。(と、高知弁講座)

地域が違えば気候が違い、生えてる植物も違い、結果、風景が変わる。
当たり前と言えばそれまでなのだけど、その、植物によって風景が変わるってことが、ただ公園の木や街路樹や道ばたの草木が違うというわかりやすいことだけじゃなくて、「山(の雰囲気)が違う」っていうビミョーな風情の違いにまで及ぶことに気づいたのは、広島に行った時のこと。
とにかく、乗り物に乗るとゼッタイに窓外の風景を見ずにおれない私としては、広島空港から市内に向かうバスの中でも、窓にへばりついてました。

いつものように道ばたの草木や花を見て、うんうん、違う違う〜と確認。街の方へ近づく前はけっこう山も見えてたのだけど、ふと気づくと、山の輪郭が落ち着かない。なんか、ラインが、ビヨビヨ好き放題にアッチャコチャ向いて乱れまくっている。
で、それは、つまり、生えてる木のバラエティのせいではないかと思ったわけだ。
私が知る限りの範囲の北海道の山は、比較的ラインがビシッときれいになってるというイメージだった。それは逆に、生えてる木の種類がある程度統一されていて(北国で生きられる木が限られるから?)、たとえば、てっぺんならてっぺん付近というように同じような環境条件の部分に生えてる木は、種類が同じなら同じくらいの大きさに育って、枝や葉っぱのボリュームも同じくらいになっていて(←想像)、だから、輪郭がきれいにそろってるふうに見えるということだったのかな?とも思った。

そして、高知で。
山のてっぺんの方の輪郭はそれほど奔放ではなかったものの、山の側面(?)が、実に興味深い風情になっておりました。なんというか、ところどころに縦縞のラインが入ってるとでも言ったらいいのか、私にとってはあんまり見たことのない模様?が施されているように見える。。。

これが本州以南に多いとウワサの、杉なのかちら??
まっすぐ天に向かって生えてる木と言えば、まずそれが思い浮かぶので。

タクシーのオッちゃんに訊いてみると…
そうそう、あれは有名な(知らん。。。)高知杉やき。高知は、県の木がこの杉やき。。。ということだった。

オッちゃんによると、高知は県土の70だか80%が山だったか森林だったか(←例によって記憶があいまい)そんな感じらしく、杉もいっぱい生えちゅう、とのこと。
それじゃあ、花粉症の人は大変ですね〜と言うと、「あ〜、そりゃもう、花粉症の人はい〜っぱいおるき、季節になると、高知じゃみ〜んな鼻タラしてるがです、わっはっは〜」とのお答えだった。

オッちゃんは「自分は免疫力が強いき」花粉症を発症してないそうなのだけど、上司にひどい花粉症の人がいて、「一瞬あっち向いてたのが、振り返ったら、もう鼻タレてるがです。そういう時はもう可笑しくて、上司だろうが『おんしゃ〜、何しゆう、鼻タレちゅうがやぞ』言うて笑うがです。一瞬で、もうタレてるから。わっはっは」だそうです。
おそるべし、高知。。。

ちなみに、タクシーのオッちゃんたちとはずいぶん話したけど、みんなオモシロくて、メチャメチャ楽しかったです。一人旅なのに、こんなに自分も終始しゃべりまくっていたなんて、珍しいことだ(長崎ではしゃべったけど)。

ひどい花粉症の上司を持つオッちゃんに、「高知弁を一つ覚えて帰りたいので、さっきオッちゃんが言った、鼻水タレてるのを指摘する言い方をもう一度教えてください」って言ったら、「『鼻タレちゅうぞ』言うたらえぇき」って言ってたんだけど、オッちゃんが早口で素の会話してる時は、どうも、上記書いたように「鼻タレちゅうがやぞ」って言った気がするのだが。1日2日では、完璧に聞き取れるようにはならんき、わからん。

そういえば、高知に嫁に行っていた友だちが、高知の人は「がーがー、きーきー、ちゅうちゅう言ってうるさい」と言っていた。がーがー、きーきー、ちゅうちゅうはまったくそのとおりで、確かに話し好き(で早口)の人も多いかも。でも、私は、ナマの高知弁をたっぷり浴びて、とっても幸せな気分でした。

posted by miha at 14:01| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2012.05 愛媛・高知旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

on 日差し。

愛のメモリーがいっぱい@高知。。。

@高知、と言うより、@南国土佐と言った方が感じが出るのかもしれなくて、つまり、日差しが強いせいか、松崎しげるもビックリっていうか、ここにいたら、松崎しげるも目立たないよね、っていうくらい、高知には、真っ黒に日焼けされた方々がいっぱいおられましたわ。
まだ、初夏もしょっぱなの時期だったゆえ、今年だけの分じゃなくて長年の積み重ねであのような松崎しげる色にできあがってるのね、ってことだと思います。

お顔のシミが濃くていらっしゃるご年配のご婦人方も、多くお見かけいたしました。

というわけで、旅行記(もどき)も、時間が経てば経つほど忘れて行くので、まだ多少記憶が新しい去年くらいのことから先に書いていこうと思ったのだけど、その間に、今年の分も忘れていきそうな気がしてきたので、これはこれで急いで、思いついたことを、つどメモっていくことにしました。。。

posted by miha at 18:25| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2012.05 愛媛・高知旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月14日

on 坂・道。

なぜ、坂が好きなのか?

ということについて、坂の旅シリーズとか言ってるからには、明らかにしておきたいと思います。
っていうか、自分でも、なぜ好きなのかをちゃんとまとめてみたことがないので、やっておきます。

坂が好きって自分ではっきり自覚したのは、もう何年も前のある日、タモリがテレビの中で、自分は坂が好きで、研究会(だか愛好会だか、そういうの)を作ってる、会員は自分だけだが…みたいな話をした時だった。
その時、その話に激しく共感している自分を発見したのと同時に、「坂が好き」というような感覚はこのように人前で披露していいようなことだったのか!?という新鮮な驚きがあった。そして、だとしたら、うれしいことだと思った。
正確に言うと、坂が好きなのに言えずにいた、ということはまったくなくて、タモリの話を聞いていて、初めて「自分もそうだ」って気づいた、という感じ。

それから時々自分で考えたところによると、私が坂が好きというのは「(狭い)路地好き」「道好き」から来てるのではないかということになった。

昔、友だちと、どういう風景が好きか、どういう場所に身を置いてる時が一番安らぐかというような話をしたことがあった。
友だちは、広大な緑の風景だ、と。(十勝出身の人だったので、ナットク)
私は、それもいいねぇって思った。もちろん、好きだ、そういうの。
でも、自分の子供のころの体験的な原風景の中にそれがないせいか、そこで「安らぐ」というのが実感として自分の中にあるのかどうか。そういう風景が好きだと思うのは、イメージだったり、しっかり物心ついてから旅行で行って見たりした時の感動などから刻まれたことであるような気もした。だとしたら、そこで感じるのは、むしろ、安らぐより「ワクワク」「心が躍る」みたいなことかもしれない気もする。「衝撃」ですらあるかもしれない。

と、細々検証する前に、その時、私が答えていたのは「私は、(せせこましい)路地(裏)」だった。
答えながら思い浮かべていたのは、春には地面に積もるくらいの桜吹雪の中で遊んだ、夏には(当時で言う)シュミーズ一枚で近所に夕飯の匂いが濃く漂うくらいまで遊んだ、冬だってナマ足のミニスカートで手をアカギレさせながら遊んでた、その時の幸せな情景。
それは、転勤族の我が家が2年間動かずに過ごせた東京の、とある住宅街だった。

と同時に、本が大好きで、いわゆる児童文学を大事に味わって読んでいた私の中では、(狭い)路地というのは、何か不思議でワクワクすることが起きる場所というイメージなのだった。
本の中では、いつもの帰り道から突然何かが始まったり、1本違う道に入って知らない世界を体験したりと、「路地」「道」から楽しいことや冒険が起こる。
で、そういうイメージが自分の中に定着し始めたころは、私にとって、路地や道のイメージとは、すなわち、いつも遊んでる住宅街の道や通学路が中心だった。それは、北海道、特に札幌の住宅街には滅多にない、車1台がギリギリ通れるくらいの道や、人しか通れないような道、高低差があって階段でつながってるような道、すぐ行き止まりになってしまうような道、錯綜していて初めて行くと迷うような道なのだ。

自分が実際に遊んでいた界隈、そして、本の中の楽しい路地というもの。
いつしか、私の中で、(せまい)路地や道は、安らぎの風景であると同時に、ワクワク心躍る風景でもあるという、最強のものになっていた。

というわけで、ドライブなどに連れて行ってもらって、メインの道路の脇に、先が見えないようなちょっとした狭い道があると、入って行ってみたいとせがみ、馴染みのないところを散歩してて脇道があるとそっちへ行ってしまったり、子供のころも、引っ越して来たばかりの土地で友だちの家からの帰りに脇道を見つけて一人で行って、すごい場所を見つけてしまったりetc.ということになる。
(今気づいたけど、人生もあちこちフラフラ、回り道寄り道が多いのはそのせい!?)

道で特に好きなのは、階段がついてる、袋小路になってるとか住民しか入れないようなナゾな雰囲気がある、曲がりくねって先が見えないなどのタイプ。それは、生活感があふれててもいいし、逆に、家があるのにひと気がなくしんとしてるのも、いい意味でゾクゾクする。あと、町の中でも自然の中でもいいけどケモノ道みたいなのや、両脇に緑が生い茂ってカンタンに先が見えないような道とか。極度に人工的ではない遊歩道も、よい。

で、坂道である。
それは、ある意味、本筋を路地とすると、それこそ「脇」であるのかもしれない。
私の中では、路地や道に、坂も含まれてる。
でも、ほかと違うのは、坂というのは、下から見ると上に何があるのかわからなくてワクワクする、上から見た時には、俯瞰する気持ちよさがあったり、時にはすごい見晴らしだったりする。そんな特別な魅力がある点だ。
そして、なぜか、道が坂になっていると注目を浴びやすいのか、「○○坂」という名前がついていたりして、イワクもあったりして、興味をそそる。
平坦な道も「○○通り」「○○の道」とかあるけど、どうも、高低差があった方がよりドラマチックなようだ。(上り下りというのが、人生に似てるからか?)

以上を総合すると、旅行などでわざわざ特別に行く時に、自分的に最もよいと思われるのが(実際行ってよかったもの)、尾道、長崎的なところだ。実際、道に迷ったし、階段つきまくりだった。車が通れないところもワンサカ。あと、東京は、昔から狭いところにたくさんの人が住むようになってコチャコチャしてるせいか、随所にそういうところが見受けられて、やっぱり好きだ。

道内だと、知る限り、小樽はまあまあよい。室蘭は、地形柄、違った意味合いも含めていい。函館もいいらしい。

長崎で、当たり前のことを知った。(稲佐山ロープウエイのお姉さんのガイドで)
山が多くて、そこを切り開きながら人が住むようになって行った土地は、当然、坂が多い。ということなのね。。。

日本は山林が多いから、坂好きには恵まれた環境と言えるかも。(だから、坂好きも生まれるのか??)

というわけで、これからも魅力的な坂を味わっていきたいと思います。足腰が立つうちに。。。

2012年06月09日

on 大河ドラマ。

長崎ば、さるいた。〜ちょっとこぼれ話

この前アップした写真に、風頭公園で出会ったガイド付きツアーらしきご一行様の一部が写っていたのだけど、それを見て、あるお姉さんを思い出しました。
私は、偶然同じ方向へ行くだけで、決してあなたたちについて行っているわけじゃあ、ないのよ。的なオーラを出しながら、ご一行様の列にくっついていたりした時もあったのだけど、そのお姉さんはその正規の列の一番後ろから歩いていて、なんだかあまり楽しそうでなく、地味な感じで、若干遅れ気味について行ってた。そのさらに少し離れた後ろに背後霊みたいにいた私なので、その様子がとてもよく見えた。

「この人も、龍馬好き女の一人旅なのかな?」

ほどなくして観光スポットに着いて、その人が添乗員の一人であることがわかった。
どうりで。そりゃあ、毎度毎度楽しいわけじゃないよね。今日は、暑いし、雨も降ったりしてるし、きっと、このコースは何百回(?)も来てるし。。。

そして、ミョーにくっきりと、そのお姉さんのふくらはぎのたくましさが、龍馬とともに私の心の中に焼き付いたのでした。

もう一つ。
近藤長次郎のことを。

某●HKの大河ドラマ『龍馬伝』では、この近藤長次郎を大泉洋が演じていたのだけど、残された写真を見ると、確かに、似てなくもない。

私は、日曜夜の枠の大河ドラマは、実はそんなに昔から馴染みがあったわけではなくて、初めてマジメに見たのは「利家とまつ」です。唐沢くんと松嶋菜々子の。(そして、毎回号泣)。

確か、この「利家とまつ」前後あたりから、配役がミーハーになったのではないか?と勝手に思っていて(だから、私もどんなもんかと見る気になったのだが)、その後、「新選組!」は慎吾ちゃんが主役だったのでもちろん見て…となり、以後も大河ドラマというのをちょいちょい見るようになった(タッキーの義経は見てないのだが)。で、龍馬伝も見たわけです。

大河で福山雅治が龍馬をやるってことが決まったころ、私の友だちは高知へ嫁へ行っていた。ある日、「今、龍馬空港にいる」っていうメールが来て、それまで坂本龍馬という人は九州の人だと思い込んでいたので(←武田鉄矢のせい)、高知県というものに大いに腹を立てた。別に龍馬のファンでも何でもないし、それどころか、九州の人だと思っていたくらい龍馬のことを何も知らなかった私だったのだが、そんな私でも、何のゆかりがあるのか知らないが(たぶんちょっと高知を通ったくらいのことで(←と、勝手に想像))、自分のところの空港によその県の人の名前を付けるたぁ、何たる暴挙!厚かましいにもほどがある!と思ったのである。そして、それを許してる九州はお人好し過ぎ!と。どうして、文句言わなかったのか、不思議でならなかった。とにかく、部外者でも頭に来る話である。
まあ、でも、龍馬のファンっていうわけじゃなかったので、そのあとはそんなことも忘れていた。。。

そして、どうして龍馬が高知出身とわかったのか、それももう忘れてしまったのだけど(大河の宣伝を見て??)、真相が判明してからは、そっと心の中で高知に謝り、晴れて和解となって、龍馬伝も見させてもらった。
そして、ハマった。。。

いや、この話は、いかにも本題であるようでいて、実は本題から全然それてるのだが、話は「新選組!」に戻る。
もちろん、これもとてもハマっていたので、裏話的なことも詳しくチェックしていた。その中で、配役は実物と似ているタイプを選んだというような話があって、たとえば、沖田総司は実は小柄でそんなにたくましく見えるタイプじゃなく、藤原竜也のイメージがピッタリであることなどに、いちいち新鮮に驚いて、そういえば、近藤勇も口がデカいあたりが慎吾ちゃん、となったのかと納得していた。
で、少なくとも最近、私が見るようになってからの大河ドラマは、けっこう、配役を実物のイメージに近い人から選ぶってことが基本になってるのかなと、近藤長次郎本人の写真を見てから思っていた。
大泉洋は北海道出身で、私とも薄〜いゆかりがある。そのせいか、彼の演じる長次郎をことさらじっくり見てて、最初のうちは、大河に出るとは出世したねぇ…と思っていたのが、実物と似てると知ってからは、いつもの私の大河マジックにかかって、うっかりしてると俳優でなく本人だと思って見てるような時があり、長次郎=北海道(当時は蝦夷地)出身とこれまた思い間違いをしそうなまでに、近親感を持っていた(決して、大泉洋の特別なファンってわけじゃない、っていうか、むしろそんなに好きじゃないというべき感じだったのに…おそるべし大河。。。)。

というわけで、近藤長次郎のお墓が龍馬通りの近くにある、と、地図を見て思っていたので、ぜひとも、そこに参りたいと思っていたのでした。

それが、あんなことになるとは。。。

posted by miha at 12:00| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011.09 福岡・長崎旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月08日

on 龍馬通り。

長崎ば、さるいた。〜龍馬愛篇

風頭公園からの龍馬巡りの続き。

次は、龍馬のぶーつ像(ひらがななのが、ちょっと軽薄な気が。。。)
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別に、歴史的遺物ではない。。。
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履いてみた。。。(腰に巻いたカーディガンがジャマして残念)
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そこからの風景。
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ネコいた。そして、この階段が萌えた。
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龍馬通りにあるのだから、龍馬と関係した人物だと思うのだが。。。(時間がないし、読んでも忘れるのでいちいち読まないことにした)。
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有志の人たちがボランティアで資料を展示してる所があって、入場料も寄付金としてお願いしますという感じだったと思うのだけど、それがここだったっけか?
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某局「龍馬伝」出演者などなどのサイン色紙が。。。
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若宮(勤皇)稲荷神社(龍馬とその仲間たちが参っていたらしい)
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胸キュン風景4連発
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中島信行って誰だっけ??
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この下の写真、亀山社中の案内の隣に、俳句みたいな標語みたいなのを書いた小さい板がかかっているのだけど、こういうのが龍馬通りの至る所にあって、ちょっと感心してしまいました。誰がそういう盛り上げ企画(?)を立てて運営してるのか不明だけど、勝手に、「地元の人たちはとても龍馬を愛していて、かつてここに活躍の場があったことを誇りにしている」という印象を受けました。撮り始めたらやめられなくて目についたものだけは全部撮った気がするので、あとでまとめます。
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どこかで見たことあるような名前。。。
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また萌える。。。
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沢村惣之丞!!
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しかし、今思えば、これらの人物紹介のような看板がなぜ「そこ」に立ってるのかはイマイチ不明。単にここが龍馬通りだから、龍馬や亀山社中に関係した人を紹介してるのか??
っていうか、このブログは、観光ガイドにしてもらう目的は微塵もなく、私の超個人的なヘタレ旅行記もどきで、正確な情報を期待されないことが前提なので、あしからず。。。

下から上って来た人のための亀山社中案内板。これが近藤長次郎らしい。。。
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たぶん、龍馬の関係者。。。
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近藤長次郎!!
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すてき。。。
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龍馬通り終了。。。
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このあと、悪夢が。。。

それは次エントリ以降へ続く。

最後に、龍馬俳句(?)集まとめ。。。
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posted by miha at 12:33| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011.09 福岡・長崎旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月07日

on 長崎龍馬巡り。

長崎ば、さるいた。〜亀山社中跡とか篇

さて、いよいよ決戦の「長崎 怒濤の観光の日」。

例によって枕が違って眠れずに、数時間の睡眠からムリヤリ覚めると、ビジネスホテルの朝食をかき込んで、いの一番にバス停や時間などを案内所で訊いて、風頭公園へ。
前もってガイド本の「バスでてっぺんまで上ってしまって、見るものを見ながら徒歩で下りて来るのが賢い」っていうアドバイスを読んで、「なるへそ!」と膝ポンしていた私は、さっそく案内所で教えられたバス停へ行って、(若干予定より出遅れていたものの)バスに乗りました。
つまり、風頭公園は(長崎は山を切り開いてつくった街ということらしいので、そういう所がやたら多いのだが)山のてっぺんにある、というか、公園自体が山、みたいな感じか?と想像する。

また、窓にへばりついて、家の形や町の風情を味わう。今日の天気は、(花)曇り時々晴れ一時雨。雨はよけいだけど、暑っつくてヤケるよりいい。そして、私の場合、たいていはずっと雨ってことはなく(いや、あったか…)、きっと心地よい晴れ間も出たりするはず。

終点に着くと、いきなりどっちへ行ったらいいのかがわからない。普通の民家の民間人に道を訊く。教えられた方へ行ってみると、大人数のご一行様が貸し切りらしいバスから降りて来て、ゾロゾロと歩いて行くのを発見。何となく、これにつかず離れずついて行けばいいのでは?

こんなおもしろい塀を発見(貝殻埋め込み式)。
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やっと案内図あった。。。
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で、1年近く前のことゆえすっかり忘れたのだが、誰かのお墓があったのかもしれない。たぶん、龍馬の濃密関係者ではなかったので忘れたと思われるが、それも定かではない。。。
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風頭大権現(龍馬のころからあったとか、拝んだとかは不明だけど、パワースポットというウワサも)
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残念っっっっ!何かわからん!!
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展望台(かなと思う)
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そこに(だったと思う)龍馬像!!
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司馬遼太郎「竜馬がゆく」の碑
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マンホール(ふつうか??)
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亀山社中へ向かう
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ここから「龍馬通り」
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(ご一行様はぼかしておきました)

一応、これも坂の旅シリーズなのであり、こういう坂道に胸キュン(←死語)していた
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こういうのにも心をわしづかまれる
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こういうのは超萌える
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亀山社中跡に着いた
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入り口(カメラの性能のせい。ということにしておこう。。。)
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中にはブーツとか、龍馬だかお龍さんだかが弾いた楽器(丸い弦楽器)とか、着物とか、短銃とか刀とか(すべてレプリカ、あるいは、実物ではないけど同形のもの、だったかもしれない)、龍馬の姿の入った掛け軸なども展示してあって(展示物写真は一応伏せます)、こんな感じの建物&窓からの風景。
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基本、ご一行様とつかず離れずなのだが、ガイドが入ってるので進むのが遅い時があり(これは、さすがに悪いと思ってちゃっかりいっしょに聞いたりはしなかった)、先回りしたつもりが、道を間違えて、その間に先を越されたり、の、デッドヒートが繰り広げられる(向こうはまったく気にも留めてないと思うが)。

続く。

posted by miha at 15:02| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011.09 福岡・長崎旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月02日

on 夜の龍馬。

長崎ば、さるいた。〜やっと龍馬篇

稲佐山の夜景に続いて、今夜のうちに、龍馬関係を回れるだけでも回っておきたい。なんたって、時間が足りないのだから。

というわけで、龍馬も通ったと言われ、史跡となっている「花月」という料亭を見に行くことに。こういうのは、夜でも、いや、夜の方がいいでしょう。

見るためには、どうやら、「思案橋」という方面へ行くらしい。
ちょっと自信がなかったし、時間的にもどうかと思ったので、超貧乏旅行としては痛いがタクシーを検討。停まってるのにクビを突っ込んで、いくらくらいかかるか訊くとけっこう遠いらしく、じゃあ途中から歩くから、1000円くらいのところで降ろしてください、みたいな話にする。

長崎は一目で気に入っていたので、そんな話をしていると、この運転手さんはやたらと暗い人で、あまりいい街だと宣伝したくないらしい。「来たばかりだけど、住んでもいいなぁって思ってるんですけど、長崎はどうですか?」とか言うと、「いや〜、長崎は、最低賃金エリアだから、あまりいいことはないですねぇ。福岡ならいいけど」って。「それは、北海道も同じですよ〜?雪が降ったりしないだけいいですよ」と返してみると、「夏が暑いですから」だって。気に入ったとか住みたいって言われたら、ふつう「ぜひぜひ〜」とか言わないものかなぁ。こちらの旅情もしぼんでしまうよ?

っていうか、贅沢だ。長崎には龍馬関係とかあるのに。雪も降らないのに。夏が暑いより、冬に雪が降る方が景気が悪くなる気がしますが、そのへんは、経済学的にはいかがなものなのでしょうか。

そして、メーターを見て手ごろなところで止めてもらおうとしたら、「まだけっこう先があるけど、いいの?」って、商売っけを出してくる。いえ、私も最低賃金エリアから来てるんで、節約節約、と思って、降りる。

それから、運転手さんが指差した方向へ歩き始める。
もちろん、随所で人に道を訊く。間違うと、時間と足の皮をムダにロスするから。

だいぶ近づいて来た気がして、最後の詰め。若いサラリーマン風の男性に訊く。
そう言えば、誰に訊いても、最初に一瞬説明しづらそうな、「?」な雰囲気が漂う。「思案橋=しあんばし」という漢字の読み方が間違ってるのかちら?でも、誰も訂正はしてこない。タクシーも通じてた。

最後の、このお兄さんがあーだこーだと道順を説明してくれたあと、わたくしは念を押した。
私「右折すると、その『橋』があるわけですね?」
兄「へっ!?橋??」
私「え”っ?(何か問題でも??)」
兄「は、橋ですか!?」
私「???」(意味がわからない)
戸惑うお兄さんに、「今、説明していただいたのは思案橋、ですよね??」と言うと、
「あ〜、いや、あ〜、橋はないんで。。。」。
私「(なヌっ!?)ヽ( ̄д ̄)ノ」

そこで、今までのことも、すべてが理解された。

ただ、地名(?)がそうなだけで、そこに橋はない。。。

つまり、その繁華街一帯のエリア名(?イマイチあいまい)である「思案橋」というのを、私は最初に地図の電停かなんかの表記で見てしまったために、橋が近くにあると思い込んでいたのであった。

近くまで来たら、今度は「花月」を訊く。
道がちょっと複雑だったけど、最後の最後にそこで訊きなさいって教えてもらったこれまた風情のある「交番」↓で訊いたら、すぐだった。
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坂道の突き当たりにそれはありました。
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本当は、もっと写真を撮ったのだけど、ウデとカメラの性能がダブルパンチでよくないうえに、夜で、光がアレなもんで、お見せできる写真がこんなんしか。。。(ちなみに、何か改修してるみたいだった)

そして、近くに小さな公園と言うか、ちょっと休めるようなスポットがあって、これが龍馬像だったかと思うんだけど、あんまり龍馬っぽく見えないのは、なぜ?
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ついでに、近くにはこんなお店が。。。
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帰り、地図を見ると、この界隈のにぎわいのどこかに、ひっそりと大浦けいの居宅跡があることになってるので、ぜひともそれを見たい(単なる石碑なのだが)と思ったけど、ひっそりしてると、人に訊いてもわからない恐れがある。なので、来る時に節約したタクシー代を、結局はここで使うことに。

一通とかあってちょっとグルグルして、運転手さんも詳しくは知らなかったので手間取ったけど、とあるアーケードの中に、やっと見つけました。
そばに、ヤンキーっぽい一団がたむろっていたので、それがハケるまでちょっと待って(←自分の方があやしい)やっと撮れました。
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ほんとうに、ひっそりしてる。。。

そうそう、ついでに見つけたので、これも撮っておいた。
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最後にちんちん電車に乗ったので、こんなんですが掲載。
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とにかく疲れた。。。(明日の怒濤がまだわかっていない平和な夜)

posted by miha at 14:00| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011.09 福岡・長崎旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

on 長崎の夜。

長崎ば、さるいた。〜ついに…篇

着いて何がビックリって(着く前からわかってはいたことだが)、「長崎は今日も雨だった」こと。
まあ、台風接近中だったので、当たり前と言えば当たり前なのだが。

雨女でも晴れ女でもない平々凡々なわたくしとしては、日焼けに弱いので、花曇りくらいがちょうどいい。明日の天気は、どうかな。

今日の夜の予定は、まず、稲佐山に登って夜景を見ること。
明日の夜はもう博多へ戻ってしまうので、見るのは今しかない。ロープウェイの時間にも限りがあるので、ホテルに入って荷物を置いてすぐに出て来て、さっそくバスに乗る(記憶が確かなら)。雨もやんだ。

近くのバス停で降りて、もう暗かったので、間違った方向へ行かないためにも慎重に人に道を訊いて、ロープウェイの方へ。
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長崎の夜景は、確か、なんかの(日本の?)3大夜景に入っていたはず。
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何やら、ドラマで見たことあるような地形が??
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(注:写真より実物の方が100倍きれい)

こんなんあった。。。
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そして、下りのロープウェイで。。。

だいたいどこでもそうであるように、ガイドの人が説明してくれる。長崎は、山を切り開いて造った街なので、坂が多い(なるほど〜!!!)。それが、独特の風情を醸し出してる、うんぬんかんぬん。

その時、なぜか、「ぷぷぷっ…」と、ガイドのお姉さんは吹いてしまった。
え!?ナニ!?
特段、おもしろい説明でもなかった気がするが。。。

ロープウェイのワゴン内には、乗客たちから大量の「?」が放出されるも、「ぷぷぷ」に対する説明はなし。

しばし中断、ののち、ナニゴトもなかったように、残りの長崎についての説明が致された。

って、いや、こっちはナニがあったのか、気になってしょーがないのですが?(今でも気になっている。。。)

posted by miha at 17:47| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 2011.09 福岡・長崎旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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